FIP（猫伝染性腹膜炎）

　FIP（Feline Infectious Peritonitis、猫伝染性腹膜炎）は、猫伝染性腹膜炎ウイルス（FIPV）によって引き起こされる致命的な病気です。このFIPVは猫コロナウイルス（FCoV）の一種であり、他に猫腸管コロナウイルス（FECV）があります。FECVは多くの猫が保有しているありふれたウイルスで、糞便中に排泄されたウイルスが経口感染によって他の猫に感染します。このウイルスは弱毒性で、通常は無症状か軽度の下痢程度で済むことがほとんどですが、突然変異や強毒化するとFIPVとなり、免疫の低下などをきっかけにFIPを発症します。免疫の低下には、集団飼育によるストレスや猫白血病ウイルス感染症（FIV）、猫免疫不全ウイルス感染症（FeLV）の感染などが関与しているといわれていますが、発症の正確なメカニズムは未だ解明されていません。また、前述のようにFIPはFcoVが変異することにより発症しますが、FIPV自体は感染性が無いと言われており、他の猫に伝染するということはありません。

　FIPは主に1歳前後の若い猫に多く見られる病気で、かつては発症するとほぼ100%死亡する病気とされてきました。現時点でもFIPの発症を防ぐワクチンはありません。長い間治療法が確立されていませんでしたが、最近ではいくつかの抗ウイルス薬が有効であることが分かり、治療が劇的に変わりました。当院でも治療薬を備えていますので、以下のような疑わしい症状がある場合にはお早めにご相談ください。

　FIPには主に2つの形態があります：

1. ウェットタイプ
腹腔や胸腔に液体がたまることが特徴で、腹部の膨張や呼吸困難などが見られます。全体の80％程度を占め、急速に悪化することが多いと言われています。

2. ドライタイプ
内臓や中枢神経系に肉芽腫性炎症が生じることが特徴で、炎症の生じた場所によって様々な症状が現れます。ぶどう膜炎や虹彩炎などの眼の症状、麻痺や痙攣などの神経症状、嘔吐や黄疸などの消化器症状などが一例です。中枢神経系に炎症を引き起こす神経型は治療反応に乏しく、予後が悪いと言われています。

　共通の症状として次のような症状もよく見られます。

　FIPは症状が他の疾患と重なり、確定診断には感染臓器の病理検査が必要なため、早期診断が難しい病気です。病状の経過や血液検査、レントゲン検査、超音波検査、抗体検査、PCR（遺伝子）検査など、複数の検査結果を組み合わせて総合的に診断します。

1. 臨床症状の確認（稟告・身体検査など）
ウェットタイプ、ドライタイプそれぞれに特徴的な症状がないか、飼い主様に聞き取りをし、身体検査を詳しく行います。原因不明の胸水・腹水の貯留や持続的な発熱、神経症状や眼の異常などはFIPを疑う症状の一つです。

2. 血液検査
白血球数の増加や血液中のタンパク質の増加（高グロブリン血症）が無いかを確認します。A/G比（アルブミン/グロブリン比）を確認します。この比率が1以下になる場合はFIPの可能性が高いとされています。

3. 腹水・胸水の分析
典型的なFIPによる腹水や胸水は粘性があり、黄白色で特徴的です。タンパク質含有量が高いことが多く、これらを検査します。また、この液体の中にFCoVの遺伝子が含まれている場合は、FIPである可能性が高まりますので、遺伝子検査も同時に行います。

4. PCR（遺伝子）検査
FCoV遺伝子を検出する方法です。血液検査でも実施可能ですがFCoV感染が必ずしもFIPに進行するわけではないため、診断には慎重な解釈が必要です。
ただし、胸水・腹水や脳脊髄液など、本来FECV(FCoV)がいるはずのない場所からのFCoV遺伝子の検出はFIPを強く示唆します。

5. 組織検査（生検）
ドライタイプの場合に肝臓や腎臓、リンパ節などの病変部から組織を採取し、FIP特有の病理学的変化がないかを検査します。確定診断には組織検査が最も信頼性が高い方法とされています。免疫学的な検査で組織内にFCoV抗原（ウイルス）を確認することができれば、確定診断に役立ちます。

　当院では、FIP（猫伝染性腹膜炎）の治療に「GS-441524」および「レムデシビル」という薬を使用しています。他にも、患者さんの症状や状態に合わせて治療を加えることがほとんどですが、FIPの治療としては上記薬剤を中心に治療を進めます。
　FIPは最近まで効果的な治療法がない病気とされていましたが、2019年に「GS-441524」がFIPに対して非常に有効であることが明らかになりました。また、新型コロナウイルス感染症（COVID-19）の流行により、コロナウイルス治療の研究が進み、GS-441524を改良した抗ウイルス薬「レムデシビル」が開発されました。レムデシビルは主に注射薬として使用され、体内でGS-441524に変わるため、FIPの治療にも効果があるとされています。
当院では、次の2つの治療方法を採用しています。

1. GS-441524の錠剤を12週間（84日間）服用する治療法

2. 特に重症の場合、まずレムデシビルを注射で投与してから、GS-441524の錠剤を12週間服用する治療法

これら治療の成功率は、報告にもよりますが、80-95％と言われています。

GS-441524およびレムデシビルは非常に高価な薬ですが、これまで不治の病とされていたFIPから猫を救う可能性がある画期的な治療法です。これらの治療を希望される場合には、患者さんの病状や診断結果、治療の内容、副作用、そして治療費について十分にご説明させていただき、慎重にご相談することが大切です。

治療に関する詳細は、担当の獣医師にお問い合わせください。