病気紹介

IMHA(免疫介在性溶血性貧血)

はじめに

 「貧血」という用語を聞いてどのような症状、病気をイメージされるでしょうか?貧血というと、「ふらふらする」、「鉄分が不足すると生じる」というイメージがあるかもしれません。貧血とは、血液中に存在する酸素を運ぶ役割を担う赤血球が減少する状態です。赤血球が足りなくなると全身の各臓器への酸素供給が不足し、運動不耐や呼吸促迫が起こります。貧血は進行の速さによって急性貧血と慢性貧血に区別され、それぞれ貧血が生じる原因には様々なものがありますが、今回はその中でも命に関わる重度の急性貧血を引き起こす「免疫介在性溶血性貧血(IMHA)」を紹介します。

病態

 IMHAとは、本来自身の細胞であるはずの赤血球に対して免疫反応が起き、産生された抗体により赤血球が破壊され貧血が生じる病気です。原因疾患なく生じる原発性IMHAと、原因疾患により引き起こされる続発性IMHAに分けられます。続発性IMHAの原因としては、感染症、造血器系の腫瘍、免疫介在性疾患、薬剤、ワクチン接種などが挙げられます。IMHAは一般的に難治性であり、自身の赤血球に対して持続的に免疫反応が起こるため、根治が難しい疾患です。
 IMHAでは急激な赤血球の破壊(=溶血)が体内で起き、急速な貧血を引き起こします。赤血球が壊されることにより黄疸や濃い黄色~オレンジ色の尿(ビリルビン尿)を認め、粘膜や尿の色が普段より濃いことで気づく場合もあります。また、溶血による組織障害により放出された因子に起因した播種性血管内凝固(DIC)や、血栓症が起こることがあります。DICが生じると多臓器不全に至り、死亡リスクが高まります。また血栓症では血栓の部位によってさまざまな症状を呈し命に関わるため、血栓の発症を予防することも重要な治療目標です。
 さらに、IMHAでは免疫介在性血小板減少症(ITP)を併発することもあり、Evans症候群と呼ばれます。血小板が少なくなるとささいな出血さえ止まりにくくなり、貧血が進行することもあります。

疫学

 原発性IMHAはマルチーズ、プードルなどに好発とされていますが、いずれの犬種でも起こりうる病気です。雌の発生頻度は雄の3-4倍との報告があります。ヒトの類似疾患である「自己免疫性溶血性貧血」の発症率は100万人に1~3人と報告されていますが、イヌでは犬種によっては1万頭に1頭程度の発生率となっており、我々獣医師にとって珍しい病気ではありません。猫では犬と比較して原発性の発症は少ないとされています。この疾患は急激に進行する貧血により低酸素状態に陥るため、迅速かつ積極的な診断・治療が重要です。

症状

 重度貧血では全身の酸素供給が不十分となるため、元気消失、食欲廃絶、運動不耐性、呼吸促拍の症状が現れます。また、粘膜色が蒼白になり、急激な溶血に伴う嘔吐や発熱、黄疸、ビリルビン尿が認められることがあります。また、ITPを伴うEvans症候群の場合は、腹部や脇などに内出血(紫斑)がみとめられることもあります。

診断

 上記のような症状があり貧血が疑われる場合には、血液検査をはじめとした全身の検査を行います。貧血を引き起こす病気は数多くあり診断は容易ではありません。溶血性貧血で、かつ他の貧血を起こすような原因が見つからない場合にIMHAの仮診断をします。
〇血液検査、血液塗抹検査
 赤血球減少、ヘモグロビン量低下、ビリルビン上昇、CRP上昇などを認めます。顕微鏡で血球の形を観察し、赤血球の凝集(赤血球が塊になった状態)が認められる場合や、球状赤血球・ゴースト赤血球といったIMHAで特徴的な形態の赤血球が認められる場合、本疾患が疑われます。赤血球に結合する抗体を検出するクームス試験も診断につながります。
〇尿検査
 ビリルビン尿やヘモグロビン尿の有無を確認します。認められる場合には溶血が疑われます。
〇画像検査
 レントゲン検査や腹部超音波検査では、他の貧血、溶血、黄疸を引き起こす原因となる疾患や、IMHAの基礎疾患となりうる腫瘍等が隠れていないかどうかを確認します。また、IMHAでは脾臓の腫大が認められることがあります。

治療

 IMHAは急性進行性の致死的な疾患であるため、初期治療が非常に重要です。ほとんどのケースでは入院下での集中治療をお勧めします。
 治療の目標は大きく3つであり、1つ目は重度貧血による低酸素の改善、2つ目は自己免疫反応による赤血球破壊の抑制、3つ目が血栓症の予防です。
 重度貧血による低酸素に対しては、各臓器に酸素を届けるため酸素室で安静を保ちます。低酸素による臨床症状が現れた時には輸血による赤血球の補充が必要であり、濃厚赤血球製剤や、全血の輸血が考慮されます。ただし日本には大規模な動物用輸血バンクがない(血液の施設間移動が法的に規制されている)ため、輸血の手配は容易ではありません。各病院に協力してくれる善意のドナーさんに頼った輸血システムが現状です。当院でも、登録していただいているドナーさんたちが献血に協力してくださっているおかげで、多くの命を救うことができています。
 自己免疫反応の抑制には副腎皮質ステロイド薬であるプレドニゾロンが第1選択で用いられます。プレドニゾロンは強力かつ即効性があり、高用量を比較的長期間使用することが予想されます。その副作用として感染や糖尿病、消化管潰瘍、血栓症など有害事象が発生することがあり、減量あるいは中止を余儀なくさせられることもあるため、より副作用の少ない各種免疫抑制薬の併用が考慮されます。IMHAに対する副腎皮質ステロイド薬治療の初期奏効率は約80%と報告されています。また、急性期にはヒト免疫グロブリン製剤:hIgGを使用する事があります。これは大量のIgGを投与することで免疫細胞のFc受容体を阻害し、一時的に赤血球に対する自己抗体の産生を抑制することで、赤血球の破壊を抑制することを目的とします。
 血栓症の予防には抗血栓薬や抗血小板薬が用いられます。IMHAは血栓症リスクが非常に高く、多臓器に血栓による障害を来すことが予測されます。上記の治療に並行して、血液の過剰な凝固を抑制し血栓を予防することが重要です。
 これらの治療によって赤血球の自己免疫による破壊を食い止め、貧血の改善が得られたら徐々に減薬を目指します。なかでも治療初期に行う強力な免疫抑制療法は副作用も大きく、可能な限り速やかに減薬を行いたい反面、減薬すると再発するリスクもあるため調節は容易ではありません。数日間の入院治療で一命をとりとめたとしても、その後長期にわたって継続的な治療、慎重な経過観察が必要となる厄介な疾患です。

予後

 原発性IMHAの予後は報告によりばらつきがありますが、最初の2週間の生存率が78.5%(117/149頭)、最初の2週間を生き延びた犬の半年生存率は92.5%と報告されています。また、再発率は11%~15%であり、再発までの期間は中央値で112日(32-1757日)と報告されています。

おわりに

 IMHAは命に関わる疾患ですが、適切なタイミングで適切な治療ができれば助けられることも多いです。ふらつく、立ち上がれない、歯茎の色が真っ白であるなどの症状がみとめられた際は、夜中でもすぐに治療介入することが望ましいと考えます。尿の色、歯茎や舌の色など、なにか異常があるときにすぐに気付くことが出来るよう、普段から健康な時の状態をよく観察しておくことが大切です。初期の貧血は症状乏しく、進行して活動性低下などが出るまで気づかれないことも多いので、些細な変化であってもお気軽に当院までご相談ください。

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