腎臓は体内の老廃物を尿として排泄する重要な臓器ですが、実はその他にも多くの大切な働きを担っています。具体的には体液量の維持と電解質の調節、血圧のコントロール、造血を促す作用、ビタミンDを活性化し骨を丈夫にする作用など様々な働きがあります。
はじめに
慢性腎臓病とは?
慢性腎臓病は腎臓がダメージを受けて十分に機能しなくなる状態が慢性的(3ヶ月以上)に続く状態と定義されます。
腎臓に障害が及ぶと尿の濃縮率が低下し、必要以上に水分が尿として出ていくことで、体は脱水していきます。脱水すると腎臓に流入する血液の量が減ってしまうため、体は血圧を上昇させ腎濾過量を維持しようと働きます。血圧の上昇は腎臓および多臓器に中長期的な障害を及ぼし、様々な合併症の原因となります。
慢性腎臓病は中高齢の猫ちゃんにおいて一般的な疾患であり、15歳以上の81%が罹患しているという報告があります。大部分の慢性腎臓病は不可逆的で一度罹患すると治癒することはないため、早期に診断し治療介入することが予後改善のために重要です。
当初は尿量を増やすことなどで代償している時期がかなり長くありますが、それでも徐々に進行して次第にバランスが取れなくなり、尿毒症と呼ばれる全身の疾患に発展すると最終的に腎不全の状態に至ります。
ステージ分類
慢性腎臓病はIRIS(国際獣医腎臓病研究グループ)が推奨している “IRIS腎臓病ステージング” により、血中クレアチニン濃度および対称性ジメチルアルギニン(SDMA)濃度*1に基づいて4期に分類されます。さらに、血圧、蛋白尿*2の程度によりサブステージングされています。
ステージ1~2
① クレアチニンの基準値範囲内の上昇
② SDMAの軽度の上昇(14μg/dL以上)の持続
③ 画像上の腎臓の異常
④ 持続的な腎性蛋白尿
のいずれか一つ以上の結果を示す場合、ステージ1~2に分類されます。
ステージ3~4
① クレアチニン、SDMAのいずれかの高値
② 尿比重の低値(<1.035)
の両方を満たす場合ステージ3~4に分類されます。
クレアチニンおよびSDMAの詳細な基準は以下の表の通りです。
*1 クレアチニンおよびSDMA
クレアチニンやSDMAは尿以外では体の外に排出されません。そのため尿として排泄されるはずのクレアチニンやSDMAが血液中に多い場合は、腎臓の機能が低下している可能性が示唆されます。
クレアチニンは筋肉を動かす際に出てくる老廃物です。一方SDMAは摂取したタンパク質が体内でアミノ酸に分解される際に血液中に放出される物質です。SDMAは筋肉量の影響を受けないため、筋肉量の低下した高齢猫ではSDMAはクレアチニンよりも正確です。また、クレアチニンは腎機能が75%喪失するまで上昇しないのに対し、SDMAは早ければ腎機能が25%喪失した時点で上昇するという特徴があります。ただし、SDMAは値にブレが大きいため診断には持続した高値を示す必要があり、既存の検査と組み合わせて行うことが重要です。
*2 蛋白尿
タンパク質は体を構成する大切な物質であり、尿中に排出されないように構成されています。腎臓に障害が起こると尿中にタンパク質が漏れ出るようになります。また、その際糸球体の壁にさらなる障害を与えます。
症状
一般に、慢性腎臓病の初期段階(ステージ1および2)では、腎臓以外の臨床症状はほとんど見られず特異的な変化に乏しいため、多くの場合はステージ3まで進行して初めて体重減少、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢、多飲多尿、元気がない、貧血、毛並みにツヤが無くなるなどの変化が見られるようになります。
診断
診断には糸球体濾過量*3の低下あるいは腎障害を示唆する所見を検出する必要があります。
糸球体濾過量は下の表で示すようにステージが進行するにつれ失われていきます。
*3 糸球体濾過量
上のイラストは腎臓の模式図です。腎臓は糸球体で血液を濾過し、尿を生成しています。糸球体濾過量とは、単位時間あたりに糸球体がどのくらいの血液を濾過し、尿を生成するかを表しています。
腎障害の評価にはレントゲン検査や超音波検査などの画像検査、尿検査による蛋白尿の評価、尿比重の評価、血圧の測定を行う必要があります。
・超音波検査
腎臓の超音波検査は非侵襲的に腎臓病の診断や評価を行うことが出来る有用な検査です。
正常な腎臓では、腎皮質および腎髄質の境界が確認されます。
【正常な腎臓】
一方で、腎不全における腎臓超音波画像の異常所見としては腎皮質が白くなり(エコー源性の上昇)、皮質と髄質の境界が不明瞭になることが挙げられます。ただ、これらは非特異的な所見であるため、慢性腎臓病を確定診断することはできません。
【慢性腎臓病】
・尿蛋白の評価
尿蛋白を簡便かつ迅速に検出するには尿試験紙検査を用いて評価しますが、猫ちゃんの場合、尿に混入する異物が多いことと、尿濃縮能が高いため擬陽性を示すことが多くなります。
そのため、尿の濃さによる影響の少ない定量的な評価として尿蛋白/クレアチニン比が用いられます。
・尿比重
尿比重の測定には屈折比重計を用います。尿細管における尿の濃縮能と希釈能が失われると、尿比重の低下が認められます。ただ、腎機能低下が進行するまで尿濃縮能が維持され正常な尿比重を示すこともあるため、判断には注意が必要です。
・血圧
慢性腎臓病は高血圧を引き起こすことが知られており、診断された猫ちゃんの20%~65%に高血圧が認められたという報告があります。
腎機能低下により腎臓に流れ込む血流量が低下すると、腎臓はそれを感知し血圧をあげることで尿量を維持しようと働きます。しかし、高血圧は糸球体内部の細い血管を障害するため、腎臓の機能低下の強力なリスク因子となります。
慢性腎臓病の代表的な合併症の一つに急性の失明があります。高血圧により眼の中の網膜や前房から出血することで失明が起こります。高血圧の臨床症状は外からは分かりにくく、出血してから初めて気付かれることも多いです。
慢性腎臓病が疑われる際は、血圧も同時に測定することが推奨されます。
治療
治療法は、次の2つのカテゴリーに分けられます。
1. 慢性腎臓病の進行を遅らせ、残存する腎臓の機能をより長く維持する。
2. QOLに配慮し、慢性腎臓病の臨床症状を改善する。
・脱水の管理
尿の濃縮能が低下し体が脱水している可能性があるため、常に新鮮な水を飲めるようにする工夫や、点滴を用いて脱水の管理行います。
お家で始められる工夫として
・いつものドライフードを水でふやかして与える
・ウェットフードに変更する(ウェットフードの約8割は水分であり、それだけでも水分の摂取を増やすことが出来ます。)
・流れるタイプの浄水器やぬるま湯などその子の好みに合ったものを用意する
・水を何箇所かに分けて設置する
などが挙げられます。
・血圧の管理
血圧が持続的に高い(収縮期血圧が160mmHg以上)場合や蛋白尿が認められる(尿蛋白/クレアチニン比が0.4以上)場合は、血圧を下げる薬で治療を行うことに加えて塩分やタンパク質の含有量を調整した食事を開始する必要があります。高血圧の猫では生涯に渡って血圧の調整が必要になることが多く、治療のための定期的なモニタリングを少なくとも3ヶ月に1度は行うことが重要です。
・高リン血症の管理
慢性腎臓病ではリンの尿中への排泄が低下することで血液中にリンが溜まり、高リン血症が認められることが多くあります。
ガイドラインでは慢性腎臓病の進行したステージに合わせた目標値が設定されています。
IRISの慢性腎臓病のステージ分類と血漿リン濃度の目標値
治療として、食事に含まれるリンの摂取量を慢性的に減らすことや、リンを吸着するサプリメントで治療を行います。
安定するまでは4~6週間ごとに、その後は12週間ごとに、血清カルシウムおよびリン酸塩の濃度を測定することが推奨されます。
・低カリウム血症の管理
カリウムは主に食事から体内に取り込まれ、余分な際は尿などを通じて体外に排出されています。
食欲不振により体内に取り込まれるカリウムの量が減少する場合や、腎臓の機能低下により尿からのカリウムの排出が多い場合は、低カリウム血症が起こります。
カリウムは体が正常に機能するために、重要な役割を担っています。
定期的に血液検査で血中カリウム濃度を測定しながら、経口カリウム剤などを用いて治療を行います。
・代謝性アシドーシスの管理
アシドーシスとは身体が酸性に傾くことを表します。
動物は代謝を行う中で酸性の物質を多く産生しますが、腎臓が尿を酸性に傾けて排出することにより身体の恒常性を保っています。腎臓の機能が低下すると体の中に酸性の物質が溜まり、代謝性アシドーシスが認められるようになります。
治療としてまずは腎臓療法食への変更を行い、食事のみでコントロールが難しい場合は点滴を用いて水分の管理を行います。
ステージ3以降では脱水や嘔吐、体重減少、貧血などの臨床症状が強くなります。QOLを保つために上記の臨床症状に対して制吐剤や食欲増進剤による治療が必要になります。
ステージ4では臨床症状によりQOLが著しく低下するため、その維持を目的とした治療を行います。
ステージ3までの治療に加えて経鼻*5、経食道*6、胃瘻カテーテルなどによる食事の補助や水分の補充が必要になることがあり、場合によっては透析や腎移植を考慮します。
慢性腎臓病を治療する上で重要なポイントは一度の検査だけでなく、定期的に検査を繰り返して病状を正確に把握することです。
*5 経鼻カテーテル


*6 経食道栄養カテーテル
上の写真はそれぞれ実際に経鼻・経食道栄養カテーテルを設置した猫ちゃんの画像です。
普段はカテーテルが邪魔にならないよう、首に包帯を巻いて過ごしてもらいます。このカテーテルから食事や薬の投与、水分補給のサポートを行うことが出来ます。
獣医師から
腎臓は多くの役割を担っているため、上記のように病態は複雑で様々な合併症があります。
慢性腎臓病で一番初めに目に見えて現れる症状は、水を沢山飲むようになることです。それによりおしっこの量が増え、色は薄くなり臭いがあまりしなくなります。
腎臓は予備能力が高いため、症状がなかなか現れない子が多いですが、血液検査で基準値を上回る頃には既に腎臓の余力が25%しか残っていないことになります。
腎臓は一度壊れると、再生することはほとんど出来ません。そのため、残っている腎機能を維持し、進行を遅らせることが非常に重要です。
診断までに時間がかかることが慢性腎臓病の課題でしたが、尿比重検査やSDMAなどの血液検査を組み合わせることで慢性腎臓病を早期に検出し、対策を行うことが可能です。出来るだけ初期の段階から治療を始められた場合、お家で一緒に過ごせる時間を大幅に増やすことが叶います。
当院では上記のすべての検査、処置を院内で迅速に行うことが可能ですので、中高齢の猫ちゃんがお家にいる場合は定期的な健康診断を心がけるとともに、体調に異変がみられた際はお早めにご来院ください。